norimitsu blog
ダンサー、ダンスインストラクター、振付師としても活動しているNORIMITSU@三十路の日常と雑記。 日記っつーか、エッセイっつーか、ネタ帳っつーか、思いついたままにダラダラと続けているブログです。
【ダンス】ファッションの話。
昔のダンサーはファッションリーダーだったが、最近のダンサーは各ジャンル毎に「定番の服装」が出来てしまい、正直カッコいい、真似したい目標とされなくなったのではないか?と思う。

パンクファッションやゴスロリみたいなもんで、過激な服装はTPOをわきまえない服装に見える。
また、黒人アーティストのようなダボダボした服装や、露出度の高い服もTPOをわきまえない服装だ。
しかし、その文化を象徴するファッションでもある。
制服化すると没個性に繋がるが、それ故にダンサーがファッションリーダーたり得なくなり、逆に「わかりやすくなった」のだと思う。
つまり、「ダンサーってこういう服装だよね」という共通イメージが浸透し、ダンサーもまたその流れに乗ったのである。

例えば、一昔前のハウスダンサーならば、「長いドレッドか坊主にハンチング」、「細身のデニムパンツ」が主流だったし、ポッパーならば「ドゥーラグかバンダナ、ハット」、「ボタンダウンシャツかTシャツ」、「チノパン」、「ハッシュパピー」というのが定番だ。

メディア的なダンサー像ならば、「キャップ」、「Tシャツ」、「ダボダボしたデニムパンツか迷彩のパンツ」、「スニーカーかティンバーランドのブーツ」という、一昔前のHIPHOPダンサー風の服装をクライアント側が想像している事が多い。
だから、PV撮影なんかの仕事に普通の服装っぽい服装を用意していくと、着替えさせられる事が多いのだ。
「いかにも!」な格好じゃないと、カメラのフレームにも入れて貰えない。
全然、リアルじゃない。

ダンサーが服を選ぶポイントはまちまちだ。
「ファッション性」、「踊りやすさ」、「意外性」など。
例えば、ファッションでいう「外し」た服をワザと着る事がある。
ワザとコテコテのHIPHOPファッションをしてみたり、細身の格好をしてみたり、スーツを着てみたりする。
俺は以前、「鉢巻状にしたバンダナ」、「『うる星やつら』のラムちゃんのプリントTシャツ」、「くるぶしまでの丈のケミカルウォッシュのジーパン」、「プロケッツのバッシュ」、「リュックサックにポスター」、「コミケの紙袋」というコテコテ秋葉系ファッションでアニソンかけてカッコよく踊るショータイムを企画した事があったが、先にやってるチームを観てしまったので泣く泣く没にした事がある。
動画投稿サイトで人気のゾンビーズというダンスチームがいるが、彼らはその名の通り、ゾンビのコスプレをして踊る。
大人から子供まで人気である。
コンセプト的に似てる。意外性というのは面白い。

Zombies -Doraemon Dance-




友人のB-Boy、KAZくんは「踊らなさそうな服装」を好んでいる。お洒落な綺麗めな服装でバリバリBREAKIN'をかますのだ。
これはカッコいい。

多様化の世の中で、逆に制服化していっているのが面白い。
若い女性の中でも、ギャル系やお姉系、エビちゃんファッション、モエちゃんファッションといった流れがあり、制服化しているが、ダンサーの服装選びにも、こうした流れに似た考え方、つまり「仲間や集団の中で浮くのが怖い」というものがある様に思うのは、気のせいだろうか?
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【ダンス】ダンサーとオタクの共通点。
世間では「オタク、オタク」と言うけれど、オタクというのは、何なのか?きちんと知って使ってる人は少ない。
オタクとは、「各分野に詳しい人」の事であった(昨今では時間の経過と共に変化しているようだが)。
例えば、アニメだけに詳しい人は単なる「アニメ好き」、「アニメファン」であって、「アニメオタク」という言い方はおかしかった。
オタクとは一分野に囚われず、各分野に対して興味を抱き、詳しくなっていった人達の事であった。
手塚治虫や藤子不二雄(FとA)、宮崎駿、押井守といったクリエイターたちはオタクである。彼らが確立していったジャンルはもちろん、様々な分野に対して造詣が深い(例えば『ドラえもん』を読めば、藤子・F・不二雄が如何に様々な分野に詳しいか、よくわかる)。
しかし、最近のクリエイターたちは漫画ファン、アニメファン、ゲームファンといった人材が増えた為、似通った作品が増えたと思う。

ダンサーとオタクの意外な共通点。それは、様々な分野に詳しくなっていく事にある。
ダンスは踊れる事も大事だが、使う音楽に対して詳しくなければならなくなってくる。
どんな音楽を使って、どんな動きを作れるかを考えるのである。
また、振り付けに対しても詳しくなければならないし、プロとしてやっていくならば、自分の得意分野以外のダンスに対しても、ある程度知らなければ話にならなくなってくる。
また、ダンサーは「見られる職業」である。そこで、ファッションについても詳しくなければならない。
どういった材質の服が踊りやすいのか?舞台では、カメラを通したら、照明が当たったら、どのように見えるのか?そういった事を考えるようにもなっていく。
舞台装置や照明、映像の創り方、編集、演出に対しても研究すれば、より複雑な振り付けを考えていける。
つまり、興味を持ち出したらスタッフ側の心理、方法などを学べ、どんな事でも役立てる事が出来るようになるのだ。
使われる側から、使う側になっていく。
使われるだけでいいのなら、踊れるだけでいい。
しかし、振り付けをしたり、演出を考えたり、とダンスに関わる仕事は多岐に渡る為、詳しくなる必要が生まれるのである。
よく、「ダンスとは関係ない芝居だけの舞台や映画などを観た方がいい」と言うが、それには上記のような理由が存在する。色んなものに興味を持てば、それが後々自分の血肉になってくれるのである。
実際、友人のダンサーの中にもオタクが非常に多い。こだわる人が多いからか、様々な分野に対して造詣が深いのだ。

また、ダンサー同士の間では、マニアックなビデオが交換される事が多い。クラブイベントなどで撮影したダンスチームのビデオである。
こうしたビデオは、個人がビデオカメラで撮影したものが流出しているもので、友人から友人の手を渡って全国に緩やかに伝播していっている。
ダンサーはビデオによって加速度的に進化した。
80年代まではビデオも大した普及率ではなかったし、90年代後半まではビデオカメラも大して普及してなかった。
それまではテレビを見ながら振り付けを真似したり、映画や舞台、クラブイベントなどで観たダンスを目に焼き付けて技術を盗むといった涙ぐましい努力をしたものだった。
しかし、ビデオやDVD、インターネットの動画投稿サイトなどの出現により、何度でも観たかったシーンを繰り返し再生出きる様になって、ダンサーの技術は格段に向上した。
最近の子供は大人顔負けに踊るが、あれはビデオの賜物だと思う。より練習しやすい環境にいるのである。

オタクの動体視力が向上したのはビデオデッキの出現以降である、とオタキング岡田斗司夫が言っていたが、ダンサーの技術向上もビデオによるところが非常に大きい。
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(2008/04/25)
岡田斗司夫

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【ダンス】噛めば噛むほど味が出る。
「基礎が大切」とよく言うが、初歩的な簡単な動きほど、巧く魅せるのが難しい。
簡単な料理を作って「ホントにすっごく美味しいね!!!!!」と感動させるくらい、難しい(と思う)。
複雑なもの、テクニカルなもの、トリッキーなもの、派手なものは「見せる為の動き」だから、ある程度魅せれる。
しかし、「ただ音楽に乗ってるだけ」とか、「歩くだけ」とか、「リズム取り」なんてものは、単体では見せる為の動きではない。
だから、ぱっとしない。
しかし、ダンサーはこういった動きで「上手い!」と言わしめてナンボだと思うのだ。

譬えるなら、「得意料理は肉じゃが」と言う女の子の作った肉じゃがを食べてみて、普段から料理を作りなれていて洗練された業に感動出来るか、普段作ってないけど、とりあえず作ってみたレベルの腕前に「あー、悪くないけどぶっちゃけ惣菜屋の方が美味いよなぁ」と思ってしまうか、に非常によく似ている。
米の炊き具合でもいい。味噌汁の美味さでもいい。
基本的な料理が美味しく作れる人の料理を食べたい、と思うじゃないですか。

しかし、この基本的な事ってのは、その人の経験やレベルによってやってる本人の感じ方が変わるものでもある。
噛めば噛むほど味が出る、まるでスルメイカのようなもんである。
ホントに好きなら厭きないのだ。
やり方を変えてみても、時間が経つにつれて元のモノが良く感じられる事もよくあるので、非常に奥が深い。
初歩的なモノにハマると、流行り廃りを追っかけるよりも、よっぽど楽しい。
そしてやればやるほど、確実に身になっていくのだ。



そんな訳で、黒人ダンスの立ち踊りには、ソウルダンスが非常に重要なダンスだと思っている。
想い出したように、フラリとソウルのクラスを訪れると、毎回新たな発見がある。
自分がやってるものの根底が、ソウルにはある。
正に、魂の踊りだ。
根っこ、ルーツである。

「ソウルなんてやんなくたっていいじゃん」という人もいる。
正論である。
しかし、「ソウルをやってれば、絶対タメにある」というのも、また事実なのである。
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【ダンス】それは同窓会のような
金曜の夜中、六本木cubeのハウスイベントemotionに「踊る名無しさん」というチームで出演した(我ながら酷いネーミングだなぁ)。
マイミクたちや10年来の友人など、その場にいたほとんどが知り合いという、同窓会状態であった。

何度も書いてるけど、ダンス界はホント、狭い。
別々の場所で出逢った人たちが、実は繋がってたり。
間に一人挟めば繋がらない人はいないんじゃないか?とダンサー総マタミク(マイミクのマイミク)説を唱えたくなる。
SNSはリンクをしているユーザーがアイコンで表示されるが、リアルでもこの繋がりが見えたら面白いだろうな、と4年くらい前にmixiをやり始めた頃、妄想した事があった。
狭い世界にいると、この繋がりが垣間見えて面白い。

間に人が入ると、さっきまで素知らぬ顔でいた連中が、昔からの友達のように一緒に踊ったり語ったりする。人の縁は不思議なものだ。
もちろん、人が間に入る事でも知り合うけど、ダンスや音楽やクラブといったものが、SNSに喩えるならコミュニティの役割を果たし、より人を話しやすくさせるのでは無いだろうか(ネットにリアルが似てるんじゃなくて、リアルにネットが似てるんだから、何だか本末転倒な文だなw)。
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【ダンス】ダンサーの著作権について考えてみた。
【ダンス】振り付けには著作権が無いか?からの続き。



著作権は、著作財産権と著作者人格権で構成されている。
著作財産権は、早い話が「(翻訳・翻案して)複製して世の中に(有償で)提供して利益を得られる」権利。
著作者人格権ってのは、彦根城のご当地キャラ「ひこにゃん」の問題や、森進一が『おふくろさん』の歌詞の一部を変えて唄っていた問題で有名になった、著作者が財産権を手放しても残る、人格的な権利である。
「(創作物を)発表するか、しないか(するならその時期はいつかなのか決定出来る)、本名での発表か、偽名での発表か選択する、著作者の意図に反した使用を許さない」権利。

で、芸術ってのは、ぶっちゃけ過剰に著作権を主張しない方がいい。
何故ならば、技術はパクりパクられ、切磋琢磨して伸びていくものだからである(人間が作ったものの中に、完全なるオリジナルは存在しない。必ず何かからインスピレーションを得ているからである。むしろ、オリジナリティとは意外なところからヒントを引っ張ってくる事だ)。
むしろ、著作権を主張し過ぎると文化の衰退を招くのは、JASRACによる害悪を見れば一目瞭然である。

ダンサーが著作権を行使すると何が起きるか。
早い話が、誰も踊れない状況が発生するのである。

ダンサーA「この動きは俺が考えたんだ!俺に金を払え!」
といちいちなったら、
他のダンサーたち「…じゃあ、面倒臭いからそれ踊らないで他の踊ろうぜ」
って事になり、本人以外の誰も踊らなくなる。
→本人死後50年間は誰も踊らない。
∴衰退



これじゃ、自分の首を絞めちゃうよなw
だから、今まであまりダンサーは著作権を主張して来なかったのだろう。

ダンスの場合、個人的に楽しむ分には著作権は発生しないだろう(これは音楽と同じ考え。例えば、練習で幾ら誰の動きを真似しようが自由)。
しかし、振り付けを恣意的にパクったら、やっぱり問題なんじゃないかなぁ?と思うのだ。

じゃあ、どこまで同じでも大丈夫なのか?という線引きは、音楽を基準にして考えてみるとわかりやすい。
音楽の世界では通常、楽譜(ドレミファソラシドやリズムなど)や空気振動の表現であるという縛りがある。我々ダンサーに重力や肉体という縛りがあるのと同じ。
そうなると、どうしても表現には自ずと限界が生まれる。
更に、人の感覚で心地良く(面白く、興味深く)感じる範囲に制限するとなると、更に狭まる。
その限られた枠の中で創作するので、似通う部分というのはどうしても出てくるし、言語や文化、習慣などの影響を受けない人間がいないように、表現も必ず何かしら影響を受けている。
振り付けなんてどうしたって似通う部分はあるし、LOCKIN'POPPIN'はジャンルそのものが、それぞれThe LockersやELECTRIC BOOGALOOSらへのオマージュである(更にThe LockersやELECTRIC BOOGALOOSたちも、黒人ダンスが無ければそのスタイルを生み出していなかった訳だ)。
まぁ、「影響を受けた(インスパイア)」レベル、「敬意を示して恣意的に真似している(オマージュ)」ならば許されるだろうが、それでも一挙手一投足同じ動きを一曲分、ってのはアウトだろう。

つまり、何が言いたいのか?と言うと、技術(ステップや技)だったらフリーウェアだけど、振り付け(動きの並べ方、繋ぎ方、構成など)はパクったら問題になるんじゃないか?と。

今回の問題は、コンテストの振り付けとして、振り付けをパクったという部分なんだが、それって評価の対象になるんだろうか?っていうか、キッズたち自身がビデオ観まくってパクったなら自業自得なんだが、先生が振り付けしてたらパクりがバレた生徒たちは可哀想だわ、その先生のモラルはどうなってんの?という話になる。

ダンスコンテストってのは合唱コンクールみたいに、課題の振り付けがあって、それを完璧にこなせる技術を審査してる訳じゃない(お、それはそれでオーディションみたいで面白そうだなw)。
振り付けや構成などのオリジナリティを発揮する場所でもある(キッズのほとんどは先生が振り付けしてて、勝敗はその振り付け如何で決まるから、俺個人としては、ぶっちゃけ現行のキッズコンテストのあり方そのものに懐疑的だ。何先生に習ってるのかを比べるのか?とか思ってしまう)から、振り付けをパクって出場する、ってのはNGだ。

ショータイムで、ギャグでやるってのもアリだと思うし、ロックのギタリストみたいに「誰々の技術を完璧にコピー出来るだけの技術を俺は持ってるんだぜ!」とわざとコピーする、ってのも正直アリだと思う。
でも、コンテストという技術だけではなく、振り付けも作品として評価する場所でパクるのはダメだろう、と。

DVDなどの映像コンテンツ化はダンサー個人というよりも、運営サイドの話だけど、まぁ、音楽は丸々差し替えて無いと著作権に引っ掛かっちゃう。
でも、ダンスって音楽と踊りでワンセットだから、切り離したら違和感バリバリ。
無償でお譲りするにしても、「個人の楽しむ範囲」を超えてしまってるからアウト。
…という訳で、ダンサーは現状では著作権を主張出来ない立場にある…。
まぁ、当たり前の話なんだけど、著作権を主張しても「盗人猛々しい」と言われる立場なんだよね。

現行では、ピンクレディーのように、国民的有名人になって「パブリシティー権」を主張するか、真似出来ないレベルになるかくらいしか、ダンサーが自分を守る方法が無い。


逆に言えば、この音楽の著作権をクリアしてれば、堂々と主張出来るんだけど、じゃあ、どこまで著作権を主張出来るか?って線引きは非常に難しい。
それこそ、過剰な著作権の行使は文化の衰退を招くだけだし、証拠として同じ振り付けだと証明する手立てが無い(っていうか、楽譜のように表現するしか無い。ダンス譜みたいなものは存在そのものが非常にマニアックwww)。

でも、パクりはパクりだけど。



著作権に関しての考察は、ゲームデザイナーであり作家の清松みゆき氏の考え方が素晴らしい。

著作権に関する小文〜大根になぞらえて 1999/02/16
清松みゆき
http://www.trpg.net/designer/kiyomatsu/thatis/c_right.htm

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 グループSNEホームページには、ときおり著作権に関する問い合わせがあります。「このツールを自分のホームページに掲載したいのですが、著作権を侵していないでしょうか?」といったふうに。
 このように「著作権を侵していないでしょうか?」と、問われると、僕は苦笑いするしかありません。

 なぜかって? 僕がどう思っているかなんてこととは無関係に、それは、著作権侵害の要件を満たしている確率がかなり高いからです。

 おいおい、やなやつだなーって? でも、ちょっと聞きかたを変えて、「このツールを自分のホームページに掲載したいのですが、かまいませんか?」と尋ねてみてください。
 多くの場合、僕は微笑みながら、「ええ、まったくかまいませんとも」と答えるでしょう。

 著作権というのは、侵害されたと思った側が訴えでなければ問題とはならない性質のものなのです。基本は、「人のふんどしで勝手に相撲取るなよ」という考えかた。
 知的財産権、知的所有権などと呼ばれることもあるように、無形とはいえ、生産物であり、それを産みだすには労働が行なわれています。ゆえに、使うに当たっては所有者の承認を得なさいよ、ということです。
 農家の畑にある大根と同じです。勝手に引っこ抜いて鍋にして食べたり、おでんにして売ったりしちゃダメですよということ。それだけのことなのです。

 最近の例では、ディズニーの『ライオンキング』(あまり最近ではないかも)。あれ、手塚プロは『ジャングル大帝』の盗作であり、著作権侵害であると訴え出てもよかったと僕は思っています。
 しかし、手塚プロはそれをしなかった。ゆえに、著作権問題は発生しようがありませんでした。第三者である僕の観測がどうであれ、手塚プロは認証を与えてしまったのです。――黙認という形で。僕がどうこういう性格のものではなくなってしまいました。
「僕」のところを「司法」に変えても同じなんですね、これ。

 さて、ここまで言えば、著作権にわずらわされずに、SNEの著作物の二次使用を行なうのに、二つの方法があることに気づくでしょう。

 一つは、無視して、SNEにわからないようにこっそりやる。――気づかれさえしなければ、訴えられません。
 もう一つは、SNEに承認をもらうことです。「大根くれんかな?」と言ってみて、「ええよ」という答えをもらえれば、これも問題は発生しません。

 このどちらを選ぶか、ふつうの倫理観を持っている人なら、悩まないと思います。

 さて、我々はいろいろな大根を作っているわけですが、「大根くれんかな?」という人には、けっこうおおらかに渡してます。というのも、大手の八百屋さんが、十分な量を買い取ってくれてるからです。
 ここで、大手の八百屋さんとはつまり、富士見書房やメディアワークスのようなゲームを出版してくれている会社のことにあたります。で、八百屋さんは「うちが買い取るからほかには売らんといてね」と言ってまして、我々も「そうしましょ。そんかし、ちゃんと買っとくれや」と答えてます。
 契約ってやつです。これにより、出版社は、我々の著作物に関して、縛りをかけます。我々の著作物であっても、勝手に他社から出版すれば、契約違反に問うことが可能となるのです。
 そしてまた、疑似的な著作権も得ます。著作権を侵害しかねないものに対し、我々はそれを勝手に承認することはできません。なぜなら、関連著作物を出版する権利を、我々は出版社に与えたのですから。ほかから出てしまうと、我々が契約違反をしたということになるのです。
 編集などの作業もあるので、実は、出版社にも「真の著作権」は存在するのですが、おおまかには、出版社の権利は契約によって発生するものであり、著作によって自動的に発生する著作権とは、一段階異なっていることは知っておいてもいいでしょう。
 余談の余談ですが、慣例で「(独占)翻訳権」と呼ばれているものも、これと同じ「契約によって発生する権利」になります。

 話が、少々面倒なほうにずれました。我々は、けっこうおおらかに大根を渡しているってことだったはずなんですが……。
 こうしてみると、なんで、そんなことができるのか、ちょっと疑問かもしれません。大根渡しちゃっていいの? 契約している八百屋さんは文句言わないの?
 我々と出版社の間には、一つの共通認識があるのです。

 1本2本タダで配っても、我々にも八百屋さんにもあまり影響はない。むしろ、口コミで「あそこの大根はうまいでえ」とか「あそこの大根は、こんな料理に使えるでえ」というような噂が広まれば、八百屋さんでの売り上げもアップするだろう。

 ついでを言うと、大根をうまいと言ってもらえれば、それで幸せってな気分も少しあります(笑)。

 しかも、我々は、大根作りに忙しい。八百屋さんも大根(たまにおでんとかも)を売るのに忙しい。「大根くれんかな?」にイチイチ答えてるヒマがなかなかない。
 で、「どうせ1本2本だからかまわんよ。何も言わんとどんどん持っていき。SNE印の大根をみんなに食わせたり」と、こうなったわけです。
 これが従来の(ペーパーメディアの)ファン活動に対するスタンスです。このスタンスは、おそらく変わることはないでしょう。

 実のところ、電子媒体でのファン活動も、これですんでくれればいいんだがな、と、願っています。それのほうが、お互い面倒もなくてハッピーじゃないですか。
 しかし、電子媒体というのは、ちょっとばかり、こうはいかないかもしれないのでは? という危惧があります。大根で言うなら、トラックでごっそり運ばれるようなことになるのでは? と不安に思っているわけです。そんなことになったら、食べていけるんかな? 八百屋さんにも申し訳立たんのとちゃうかな? と。
 複製が容易で、伝達速度が速い。それは、長所と言っていいはずなのですが、我々にとっては、死活問題になりかねないのです。

 だから、車で乗りつけて(=電子メディアで)「大根ちょうだい」という人に対しては、「車の種類見せてね」と言っているわけです。トラックちゃうやろな? それも荷台から投げ売りしてるんちゃうやろな? と。あと、どの大根持っていきたいのかな? と。たとえば、SWのマジック・アイテム価格計算法などは試作大根で、八百屋さんが買ってくれるかどうかはわからないので、かってに持ってちまえ、と思ってます(でも、おでんにして売られたら=代価を取られたら、気分悪いし、今イチ宣伝にもならんよなあ)。
 よっぽどでかいトラックとか、調理器具満載の怪しい車とか、なぜかレジスターがついている車とかで乗りつけない限りは、我々は大根を配るのにあまり問題を感じていません。ですから、積極的に問い合わせてください。「大根くれんかな?」と。

 そしてまた、いつの日か、いちいち車をチェックしなくても大丈夫、と我々が安心し、「勝手に持ってっていいよ」と言えるようになるのを、待ち望んでいます。
(以下略)


至極健全で真っ当な考え方だ、と思う。



ちなみに、ダンサーは音楽に関しては、著作権使用料を払ってる場合がある。

ダンス公演の場合、JASRACや他の著作権管理団体がやってきて、徴収していく(学生の公演にも現れる)事がある。
使用曲のアーティスト名、曲名を明記したリストとそれに伴う使用料を少なからず払っているのである(コンテストは知らないけど)。

俺はむしろ、その金の行き先を知りたいけどねw
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プロフィール

NORIMITSU@三十路

Author:NORIMITSU@三十路
MySpace

※当ブログからのテキスト、画像などの無断転載、無断使用を禁じます。


東京生まれ。
幼少の頃、マイケル・ジャクソンの『スリラー』を観て衝撃を受けるが、持ち前の引っ込み思案が災いし、「(ダンスは)自分には無理」と諦める。
小中学校でドップリ「オタクカルチャー」にハマり、自他共に認めるガンダムオタクである。好きなモビルスーツは、ザクとアッガイ。
また、TRPGゲーマーでもある。好きなシステムは新和版D&D、ロードス島戦記コンパニオン、ソード・ワールドRPG。
しかし、音楽には元々興味があった為、バンドを組もうと思うようになり、ジャンケンで負けてベース担当になる。
中学卒業直後、高校入学直前に先輩たちの自主公演を観劇し感激。演劇部と音楽部(合唱部)に入部する事を固く決意する。
「10年生になったら友達100人出来るかな?」をスローガンに男女問わず声をかけまくる、いわゆる高校デビューを果たす。
バンドは「音楽性の違い」というありがちな理由で解散。ヴォーカリストを目指す。
突っ立ったまま歌うとなると、まるで橋幸夫さんのようなので、ダンスを習う事にする。
trfのSAMさんに憧れていたのだが、ダンススクールや俳優養成所でジャズダンス(某金融ショップのCMでおなじみのジャンル)とバレエを習う。
20歳の頃、SAMさんの踊ってるダンスジャンルがハウスだと知り、愕然とする。
急遽、ストリートダンスに路線変更。座右の銘は「急がば回れ」。
ダンスチームを結成してクラブイベントに出たり、ダンスの仕事をしたりして、24歳の頃にダンスインストラクターとして、ダンススクールやスポーツクラブなどでクラスを持ち、ストリートダンスを教えるようになる。

三十路に突入し、人生の機微に触れる。
現在、マイペースにダンス普及について試行錯誤している。




【主な芸歴】
日本ジャズダンス芸術教会『秋の祭典』出演
H.S.ART第二回公演『BLUE』主演
東京ディズニーランド「ミッキーのダンスフィーバー」TVCM出演
テレビ東京系『RAVE2001』出演
鈴鹿8耐前夜祭『RIDE & LIVE』TRFライヴバックダンサー出演
フジテレビ系『SMAP×SMAP』出演
お台場どっと混む!2002『遊城』Dur mollライヴバックダンサー振り付け・出演
テレビ東京系『BEATOPIA』DT CRUSH!出演
劇団東京ミルクホール公演振り付け洋舞担当
SONY 50時間連続再生MP3プレイヤー 50時間連続ダンスキャンペーンダンサー
フジテレビドラマ『トップキャスター』出演
映画『バックダンサーズ!』出演
氣志團『The アイシテル』PV出演
TGC 2007 A/W DJ OZMAライヴバックダンサー出演
東京モーターショー2007 日産ブース映像出演
他多数

【お問合せ】
nori.school@gmail.com
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