1970年代半ば、NYのブロンクスに住むDJクール・ハークは、レゲエ(RAGGAE)のサウンドシステムをヒントに、レコードを交互にかけていくDJプレイから、曲の間奏(ブレイク)の同じフレーズを延々繋げていく「ブレイク・ビーツ(BREAK BEATS)」を生み出した。
このブレイク・ビーツに合わせてしゃがんだり立ったりする「ブルックリン・ロック」というダンスを踊るダンサーたちを「ブレイク・ボーイ(BREAK BOY)」、「B-BOY」と呼んだ(女性はB-GIRL)。
初期のBREAKIN'は、アップ・ロックやフットワーク主体のダンスだった。
一度は衰退してしまうが、プエルトリコ系の青年たちによって大技(パワー・ムーヴ)が生み出されてから、再び若者たちはこれに熱狂し、今日では世界中で最も楽しまれているストリートダンスに成長した。
HIPHOPの祖と呼ばれるアーティスト、アフリカ・バンバータ(Afrika Bambaataa)は暴力により若者たちが命を落とす事を止めさせようと、「バトル(BATTLE)」を提唱した。
暴力では何も解決しない。
自分達のスキルで戦え。
この考えにより、ブレイキンによる勝負、「ダンス・バトル(バトル)」という概念が生まれた。
BREAKIN'の名称については諸説あり、正式名称は「ビーボーイング(B-BOYING)」であるとする説もある。
ちなみにこの踊りを「ブレイク・ダンス(BREAK DANCE)」と呼ぶのは誤りである。
『ブレイク・ダンス(原題:BREAKIN')』は1984年にアメリカで制作された映画のタイトルである。
この映画が公開される一年前、『フラッシュ・ダンス(FLASH DANCE)』という映画が日本でも上映された。
冒頭のシーンでRock Steady Crew NYCのダンサーが背中で回るバックスピンを披露しており、世界中のダンサーに衝撃を与えた。
翌年の『ブレイク・ダンス』により更にブームは加熱した。
しかし、当時は映画の中で踊られているダンスをブレイク・ダンスというジャンルだと誤解してしまっており、つい最近までブレイキンとポッピンの事を「ブレイク・ダンス」と呼ぶ人が多かった。
ブレイキンは立って踊るステップ主体の「エントリー」や、ブルックリン・ロックの発展形である「アップ・ロック」で相手を威嚇し、しゃがんだ状態で足捌きにより反動をつける「フット・ワーク」から大技である「パワー・ムーヴ」に繋げて静止する「フリーズ」にまでもっていく一連の流れがある。
この一連の流れの繋げ方に重点を置くB-BOYを「スタイラー(STYLER)」、パワー・ムーヴに重点を置くB-BOYを「パワー・ムーヴァー(POWER MOVER)」と呼び区別する事もある。
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