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ちゃあちゃん

15日未明、ちゃあちゃん(母方の祖母)が死んだ。
83歳だった。

今年の5月に肺に水が溜まり、救急車で運ばれたとき、「もう助からないかもしれません」と医師から宣告を受けたが、見る見るうちに回復し、退院して家で普通に生活していた。
15日の昼間も出歩いていたので(さすがに入院後は体力が低下し、出歩く事は少なくなっていた)、「ああ、随分元気になったなぁ」と安心していた矢先の事だった。

祖母の家に泊まっていた姉曰く、ちゃあちゃんが苦しげに母を呼ぶ声がしたらしい。
姉は慌てて母を起こし、救急車を呼んだ。
ちゃあちゃんは病院に搬送されたが、母と叔父が見守る中、すーっと息を引き取ったらしい。
最後は意識が無くなり、苦しまずに逝けたそうなので、それだけは安心した。

連絡を受けた俺は、ちゃあちゃんの家に向かい、姉と姪っ子と留守番をしていて、病院に向かった父からちゃあちゃんの死を聞いた。
夜中の3時頃、ちゃあちゃんの亡骸は家に戻ってきた。
葬儀屋さんが24時間営業だという事を初めて知った。

翌朝、仕事に向かった。
昼にあるHIPHOPクラスだ。
いつも、どんな事があっても、クラスが始まってしまえば頭が切り替わるのだが、流石に何だか気持ちがそわそわした。

夕方、お坊さんが読経をしてくれた。
法事などでは戒名の部分は、まだ戒名がついていないから、名前のままだった。

弔問に来てくれている人たちと話すと、ちゃあちゃんの知られざるエピソードが飛び出す。
昔、ちゃあちゃんがリーダーとなり、近所の人を纏め上げ、40人くらいの団体でヨーロッパに行った事があったらしい。
日本人の旅行団体=農協観光と思っていた現地の人に
「ノーキョーサーン!」
と言われ、ちゃあちゃんは即座に
「あたしゃ東京だよ!」
と返したとか。
会話と笑いは人間に必要なものだなぁ、としみじみ思った。
近所のお婆さんたちには本当に救われた。

昨日の朝、納棺の前に死に化粧をしたちゃあちゃんは、まるでただ眠っているだけのようで、何だかまだ実感が無かったが、手を触ったら、さっきまでドライアイスで冷やされていたのもあってか、物凄く冷たくて、ああ、死んじゃったんだな、と改めて感じた。

15日の夜、母とこんな話をした。

俺「じいちゃんが死んですぐの正月に、ひろくん(従兄弟)が『そう言えば、じいちゃんの夢を見たよ』って言ってたの、覚えてる?」

母「え?どんな話だっけ?」

俺「うん。ひろくんの家族とちゃあちゃんで、じいちゃんに呼ばれて、何故かインドに行く夢。空港に着くと『よく来たな』ってじいちゃんが迎えに来てて、ホテルの一室に案内されるの。で、その話を聞いてたちゃあちゃんが、ひろくんに間取りの事とか色々質問始めてさ、『浩之、この紙にその間取りを描いてごらん』って描かせて、『この部屋にお父さん(じいちゃん)と泊まった!』って言い出してさ」

母「あ!あった!あった!そんな話!」

俺「ちゃあちゃんが『お父さん、“俺がもし死んだらここ(インド)にいるよ。お釈迦様の国だしね”ってやけにインドが気に入っちゃってねぇ』って言って、もし、霊魂というものが本当にあるとするならば、じいちゃんはインドにいるのかもね、なんて話してたじゃない?」

母「うん」

俺「ちゃあちゃんは、何処に行くのかねぇ?」

母「何処だろうねぇ?」

ちゃあちゃんは子供たちの結婚を機に世界中を旅して廻った。
恐らく、北極、南極以外の大陸には行ったと思う。

波乱万丈の人生だった。
見合い結婚が当たり前だった戦時中、じいちゃんと恋愛結婚をし、戦争で兄たちを失い、東京の焼け野原で逞しく生きてきた。
東京の復興と共に生きて、世界中に旅行に行けるようになったちゃあちゃんは、我が祖母ながら、物凄い豪快な人物だったと思う。

やっと、じいちゃんとまた一緒になれるね。
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プロフィール

NORIMITSU

Author:NORIMITSU
※当ブログからのテキスト、画像などの無断転載、無断使用を禁じます。


東京生まれ。
幼少の頃、マイケル・ジャクソンの『スリラー』を観て衝撃を受けるが、持ち前の引っ込み思案が災いし、「(ダンスは)自分には無理」と諦める。
小中学校でドップリ「オタクカルチャー」にハマるが、音楽には元々興味があった為、バンドを組もうと思うようになり、ジャンケンで負けてベース担当になる。
中学卒業直後、高校入学直前に先輩たちの自主公演を観劇し感激。演劇部と音楽部(合唱部)に入部する事を固く決意する。
「10年生になったら友達100人出来るかな?」をスローガンに男女問わず声をかけまくる、いわゆる高校デビューを果たす。
バンドは「音楽性の違い」というありがちな理由で解散。ヴォーカリストを目指す。
突っ立ったまま歌うとなると、まるで橋幸夫さんのようなので、ダンスを習う事にする。
trfのSAMさんに憧れていたのだが、ダンススクールや俳優養成所でジャズダンス(某金融ショップのCMでおなじみのジャンル)とバレエを習う。
俳優養成所のダンスの先生の公演出演を通じ、立教大学のダンスサークル「St.Paul's Musical Company(現・D-mc)」に所属。
20歳の頃、SAMさんの踊ってるダンスジャンルがハウスだと知り、愕然とする。
急遽、ストリートダンスに路線変更。座右の銘は「急がば回れ」。
ダンスチームを結成してクラブイベントに出たり、ダンスの仕事をしたりして、24歳の頃にダンスインストラクターとして、ダンススクールやスポーツクラブなどでクラスを持ち、ストリートダンスを教えるようになる。

現在、落語家「三遊亭楽天」として全国各地で落語の口演を行っている。
2012年8月、六代目三遊亭円楽に入門、「楽天」と命名される。
2015年10月、「楽天」のまま二ツ目昇進。



【主な芸歴】
日本ジャズダンス芸術協会『秋の祭典』出演

H.S.ART第二回公演『BLUE』主演

東京ディズニーランド「ミッキーのダンスフィーバー」TVCM出演

テレビ東京系『RAVE2001』5thステージに「YUJI+BANRI+NORI」として出演

鈴鹿8耐前夜祭『RIDE & LIVE』TRFライヴバックダンサー出演

フジテレビ系『SMAP×SMAP』出演

お台場どっと混む!2002『遊城』Dur mollライヴバックダンサー振り付け・出演

テレビ東京系『BEATOPIA』DT CRUSH!出演

劇団東京ミルクホール公演振り付け洋舞担当

自主制作DVD『ストリートダンス ヨクワカルDVDマガジン REAL STREET』企画・振付・出演・ストリートダンス普及委員会委員長・特典小冊子「ストリートダンスがよくわかる本」執筆

SONY 50時間連続再生MP3プレイヤー 50時間連続ダンスキャンペーンダンサー

フジテレビドラマ『トップキャスター』出演

映画『バックダンサーズ!』出演

氣志團『The アイシテル』PV出演

東京ガールズコレクション 2007 AUTUMN/WINTER DJ OZMAライヴバックダンサー出演

他多数



【お問合せ】
nori.school@gmail.com
※文章についてのお問い合わせなど、こちらからお送り下さい。

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