【ダンス】落語に学ぶ。
まぁ、文化毎にいわゆる「お約束」や「マナー」はあるので、気持ちは分からなくも無いのだが、ぶっちゃけ
「優しくないなぁ」
と思う。
人の趣味嗜好は千差万別なんだから、「これは押さえておかないとダメ」というのも余計なお世話だし、「わかってない」というのも偉そうだ。そりゃ、知識が無きゃ感じられないネタや笑いがあるから(古典落語は特に江戸の風俗・習慣の知識が無いと笑えないモノが多い)、気持ちは分かるけど、何に反応するかなんて人によるんだから、マニアな自分と素人を比べても仕方無いんじゃないか?
そこで満足して底の浅いファンになるか、更に奥に入って見巧者(みごうしゃ。舞台などを見慣れて、その道に通じている人)になるか、その途中かも知れない訳で、どっちになるかはその人次第なんだから放っておけばいいんじゃないか?と思ってしまう。
何故、タイトルに【ダンス】とあるのに落語の話から入ったかと言うと、元々大衆芸能なのに、高尚なモノとして扱う人たちのせいで敷居が高くなっちゃったいい例だからである。
かつて古今亭志ん朝師匠が、
「落語なんてものは、寄席でボーっと聞いてるのが一番いいですな」
と仰っていたが、やはり高尚なモノでは無く、肩肘張らず、大衆芸能として好きなように楽しんで欲しい、という気持ちが伝わってくる。
これは落語を「歌舞伎」や「映画」、「The Beatles」なんかに置き換えても同じ事。
もちろん、ダンスも然りである。
このブログでは、ダンスの歴史やら、練習方法やらにも触れているんだけど、どちらかと言えば、そういうのはプロ志向の人や、マニアックな知識を得たい人向きな訳で、必ずしも「そうでなければならない」というつもりで書いている訳では無い。
ダンスに関する文化を愛する者として、奥の深いものなんだ、と言いたい気持ちも分かるけど、それは自分で気付く事だ。
誰かに「こうあるべき」と頭ごなしに言ったところで、無用な反発を喰らうだけ。
暖かく見守る事も必要だと思う。
本当に好きなら、たまたま目に入ったマニア向けの何かがキッカケになって自分で調べるようになるだろうしね。
そんなスタンスで、今後もマニアックな話は続けてく。
ただ、文化自体が衰退しちゃったら、それはそれでダメなんだけど、マニアックに追求する人と、新規参入して気軽に楽しむ人のバランスが上手く保てれば、その文化は生き続けて行くと思う。
敷居が高くなると、新参者が減る。それは結局、需要と供給のバランスが悪くなる事だ。
みんながみんなストイックでなければならない文化は、先細りしていく。
パソコンだって、最初は専門用語オンリーでお勉強しないと使えないものだったけど、使い易くなった途端、爆発的に普及した。
これが未だに昔のまま、専門知識が無ければ使えないものだったとしたら、パソコンの今日的な普及は有り得ない。
もっとも、これはお客さんサイドに限った話。
演者側の人間はストイックでなければならない。

