想い出のR?hall
ビビりなオイラは、二十歳の頃におっかなびっくりクラブデビューした。
当時、小学校の頃の同級生と一緒に日焼けサロンでバイトしており、二人で六本木のクラブに遊びに行ったのがキッカケだった。
その店では周遊券というのを発行しており、提携している店で一度入場料を払うと、その日のうちなら他の提携店舗に行っても入場料を二重に取られないという素晴らしいシステムであった。
オイラが本格的にナイトクラビングにハマったのは、六本木スクウェアビル10階にあった「R?hall(アール・ホール)」というハコである。

当時、東京のダンサーの登竜門と呼ばれたイベント「CONNECT」や、TRFのSAMさんとROOTSのKOJIさん(現・ALMA)が主催していたイベントなど、人気イベントが開催される事でも有名なハコだった。
また、れいかんやまかんとんちんかんやELITE FORCEのダンスビデオのロケ地としても使われたりしていた。
エレベーターから降りると受け付けがあり、扉を開いてバーカウンター、ロッカーを抜けるとダンスフロアが広がる。DJブースの正面にステージがあり、イベントによってはステージ上にもDJブースが組まれる事もあった。
CONNECTには、電撃チョモランマ隊や、SPICE、Coppertone、TR∀MPといった関東を代表するダンスチームが軒並み出演していた。それだけに権威もあり、初心者にとっては出演なんて夢のまた夢的なイベントであった。
しかし、当時通っていたスクールの師匠、SARAさん(SPICE)に
「生徒のみんなでCONNECT出ない?」
と誘われ、「さらまんた」というチームを組んで初出演した。
緊張ってレベルじゃねーぞ!ってくらい、メチャクチャ緊張したが、あのCONNECTに出てるんだ、という高揚感の方が強かった様に思う。
テレビ東京『RAVE2001』の影響で学生ダンサーが急増してから、ダンスイベントは徐々に若年化していった(高校生のチームが平日夜中のイベントに普通に出演するようになっていった。また、この頃から、いとうなおきからあかいけのりあきまで、てつお、SO DEEPといったRAVEダンサーの出演が増えた)。
友人のチームの応援や、自分たちのチーム「OFF THE LOCK」の出演の為にCONNECTには足繁く通った。
オーガナイザーのDJ WAKAさんとも仲良くなり、手品を披露して貰ったり、ステップを一緒に練習したりした。
スタッフの人たちにも顔を覚えられ、気軽に遊びに行けるようになっていった。
また、CONNECT以外にも、DJ JURIちゃんのハウスイベント「POWER BASE」に師匠のかつぞうさんやKENちゃん先生、CHEWさんたちと遊びに行ったりした。
シャネイやリンクといったNYのダンサーもよく遊びに来ていたので、物凄い刺激を受けた。しかも、当初はショータイムの無いDJタイムオンリーのイベントだったので、みんなひたすら一晩中踊りまくっており、自分も楽しむ為に踊るのだが、ついつい周りの踊りに目が惹きつけられてしまう。非常に濃密で貴重な時間だった。
イベントの内容も大事だが、ハコも非常に重要だ。同じイベントを他のハコでやると、やっぱり何か違う。
R?hallは残念ながら閉店してしまった。
イベントは他のハコに移り、今も続いているものもあるが、やはり変質しており、あの面影は無い。
もちろん、ハコが変わった事だけが原因では無く、時代などもあるのだろうけど、R?hallというハコには特有の魅力が確かにあった。
時に「R×R(アール・バイ・アール)」、「Kuaile(クアイル)」と名前を変えたけれど、最終的にR?hallと名前を戻していた。
店内の内装も時代によって変えていたけど、R?hallの雰囲気は本当に良かった。
最近は石原慎太郎の風営法取り締まり強化により、都内からクラブがドンドン消えていっている。
R?hallみたいないいハコで踊れる日は、またやってくるだろうか?
P.S.
先日、彼女と遊びに行った電撃ネットワーク「申し訳ないと」は素晴らしいイベントだった。
その日の開催場所だった西麻布club XROSSもいいハコだなぁ、と思った。

