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【ダンス】TRF

SAMやOHJIらが1984年に博多の本家「BE-BOP CREW」から名前を共有する事を許された「東京BE-BOP CREW」は、1989年に解散。
その後、SAMとCHIHARU、OZ、BEAT、HIROKO(石川浩子)、KAORU(原田薫)らによって構成された「GQマシーン」を経て、1990年、フジテレビ系のダンス番組『DANCE!DANCE!DANCE!』の1コーナー「MEGA-MIX」において、ダンスチーム「MEGA-MIX」が結成された(SAM、CHIHARU、ETSUの3人は不動で、最終的な他のメンバーは、GOTO、HORIE、YUKI、SANCHE、IZUMI)。
クラブイベント「MAIN STREET」に出演するなど、人気を博していた。

当時、日本は翳り始めたバブル景気の渦中にあり、ハードコアテクノやユーロビートがかかる大型ディスコが隆盛を誇っていた。
こうした音楽の輸入販売を行っていたエイベックスは、元TMNの小室哲哉プロデュースによる「日本のハードコア・テクノ・アーティスト」を売り出そうとしていた。
新宿のディスコなどでDJ活動を行っていたDJ KOO、一時期ZOOにダンサーとして参加していたYU-KI、そして「MEGA-MIX」によるダンスヴォーカルユニット「Tetsuya Komuro RAVE FACTORY」、「trf」が誕生した(一時期、DJにDJ KOOの他にHiro Matsumoto、ヴォーカルにYU-KIの他にSUZI KIMもいた)。

1993年、シングル「GOING 2 DANCE」、1stアルバム「trf ~THIS IS THE TRUTH~」でデビューしたtrfは当初、本格的なハードコアテクノやユーロビートの曲で売り出す方向性であった(後にSAMは小室哲哉の音楽番組『TK music CLAMP』に出演した際、当時を振り返り「テクノ・ダンスなんて無いから困った」とコメントしている)が、小室哲哉は「ディスコの帰りにカラオケボックスで唄える楽曲」をコンセプトに据え、2ndアルバム「EZ DO DANCE」で方向転換を図る。

キャッチーなメロディとダンサブルなリズム、ダンサーたちが踊るHOUSEJAZZ DANCE
狙い通り「EZ DO DANCE」は大ヒットし、マニアックなハードコアテクノ路線はリミックスアルバムに引き継がれた(ハードコアテクノ路線は「trf ~THIS IS THE TRUTH~」発表時にリリースされた「HYPER TECHNO MIX」と「EZ DO DANCE」発表時にリリースされた「HYPER TECHNO MIX II」の2枚のみ。「WORLD GROOVE」発表時にリリースされた「HYPER MIX III」、「dAnce to positive」発表時にリリースされた「hyper mix 4」においては、“TECHNO”の文字が取れ、内容的にもハードコアテクノ路線では無くなり、より「踊りやすい」クラブミュージック路線になっている)。
しかし、夏に行われたavex rave '93を最後に、MEGA MIXのメンバーはSAM、CHIHARU、ETSUを残して脱退する。
尚、trfを抜けたGOTO、HORIE、YUKIの3人はBE BOPのチーム「Sound Cream Steppers」を結成。アンダーグラウンドダンスシーンを中心に活動し、BE BOPブームを巻き起こす。

SANCHEは少年隊のバックダンサー時代から、ジャニーズ事務所のアイドルたちの振り付け師として現在も活躍している。
IZUMIは振り付け師として活動し、後に映画『バックダンサーズ!』の振り付けを担当した。

3rdアルバム「WORLD GROOVE」では民族音楽に影響を受けた楽曲となり、「Feel the CENTURY」、「silver and gold dance」、「Beauty and Beast」を除き、ハードコアテクノやユーロビート路線から離れ始める。また、「Waiting Waves」ではREGGAEのリズムを取り入れており、これまでのtrfのイメージを一新する内容のアルバムとなっている。

4thアルバム「BILLIONAIRE ~BOY MEETS GIRL~」では、再びダンサブルな楽曲となり、スクラッチ音といったHIPHOPなどのクラブミュージックの影響が見受けられるようになった。
trf初の全国ツアーであるBILLIONAIRE TOUR'94では、バックダンサーとしてGOTOが参加している。

この頃、trfの楽曲のヴォーカルの一部分や、リズムループのみを収録したサンプリング音源を収録した2枚組アルバム「PRESET SOUND OF trf」がリリースされた。
当時、DJをやりたがる若者が急増していたので、こうした実験的なアイテムがリリースされたのだろうが、サンプリング音源が発売される邦楽アーティストはそうおらず、稀有なアーティストと言えるだろう(他にはHOUSE DJでアーティストの福富幸宏がサンプリング音源をリリースしている)。

5thアルバム「dAnce to positive」のリリース前に、シングル3枚を続々リリースした。
従来のtrfのコンセプトであるカラオケで唄えるダンスミュージックを全面に打ち出した「Crazy Gonna Crazy」、ロック色のある「masquarade」(PVには後に「dos」としてデビューする「KABA.ちゃん」が出演している)、Earth, Wind & Fireの楽曲をイメージした「Overnight Sensation ~時代はあなたに委ねてる~」はそれぞれヒットし、trfの多様性を更に広げた。また、打ち込み音楽的な要素よりも生演奏的な要素を色濃くし始める。
また、ダンサーであるSAM、CHIHARU、ETSUもコーラス以外での楽曲参加を行っている。
特にSAMがメインヴォーカルを務めた楽曲「FUNKY M」の歌詞の中には、「ごとう(GOTOの事か)」や「チームクリーム(Sound Cream Steppersの事か)」の名前などが見受けられ、ニヤリとさせられるお遊びもあった。

6thアルバム「BRAND NEW TOMORROW」の頃、ソロ活動が活発化する。trfとしての表立った活動は一年間無く、翌1998年には小室哲哉のプロデュースから離れる事になる。
以後はm.c.A・Tこと富樫明生やDJ KOO、原一博らが作曲している(2006年には再度、小室哲哉による楽曲「We are all BLOOMIN'」が提供されている)。
従来は「trf」と小文字表記であったが、これ以後、「TRF」と大文字表記に変わり、「T」は「The」を意味するようになる(ただし、2006年の復活ライブでは再度「TK RAVE FACTORY」と明記された)。

7thアルバム「UNITE」にも収録されてるシングル「Unite! The Night」のPVでは、マライア・キャリーのバックダンサーとして有名なElite ForceのLINKに振り付けを依頼するなど、特にPVにおいてダンス色を全面的に打ち出すようになった。

8thアルバム「LOOP#1999」では、より自由なサウンド作りとなっている。

1998年に始まったSAMがナビゲートするダンス番組『RAVE2001』も人気を博し、日本中にストリートダンスブームを巻き起こした。
メインのバックダンサーとして現在も尚、活躍しているハウスダンスチーム「So Deep」はRAVE2001の人気チームであった(So DeepメンバーであるTAKAは、「Lif-e-Motions」オーディション用の振り付けDVDにも出演している)。

より多くのダンサーに対してライヴに参加出来る機会を与える為、バックダンサーは一般公募する事も多い。

2006年1月にリリースされたシングル「Where to begin」と、翌月にリリースされた9thアルバム「Lif-e-Motions」では、その年のツアーの会場毎のバックダンサーのオーディションに使用される振り付けが収録されたDVDが同梱され、オーディション前に振り付けを覚えて臨む事が出来た(「Lif-e-Motion」には練習用のビートループも収録されている)。

キッズダンサーの育成にも力を入れており、サンリオピューロランドのキッズ・ダンス・コンテスト「DANCE STAGE PROJECT」の審査員をSAM、CHIHARU、ETSUが担当する事もあってか、キッズダンサーの登竜門的な人気コンテストとなっている。
また、SAM、CHIHARU、ETSUはダンスのワークショップを、全国で開催したりもしている。
TRFは、ダンサーの育成に対して積極的に取り組んでいるアーティストであると言えよう。
(敬称略)
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プロフィール

NORIMITSU

Author:NORIMITSU
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東京生まれ。
幼少の頃、マイケル・ジャクソンの『スリラー』を観て衝撃を受けるが、持ち前の引っ込み思案が災いし、「(ダンスは)自分には無理」と諦める。
小中学校でドップリ「オタクカルチャー」にハマるが、音楽には元々興味があった為、バンドを組もうと思うようになり、ジャンケンで負けてベース担当になる。
中学卒業直後、高校入学直前に先輩たちの自主公演を観劇し感激。演劇部と音楽部(合唱部)に入部する事を固く決意する。
「10年生になったら友達100人出来るかな?」をスローガンに男女問わず声をかけまくる、いわゆる高校デビューを果たす。
バンドは「音楽性の違い」というありがちな理由で解散。ヴォーカリストを目指す。
突っ立ったまま歌うとなると、まるで橋幸夫さんのようなので、ダンスを習う事にする。
trfのSAMさんに憧れていたのだが、ダンススクールや俳優養成所でジャズダンス(某金融ショップのCMでおなじみのジャンル)とバレエを習う。
俳優養成所のダンスの先生の公演出演を通じ、立教大学のダンスサークル「St.Paul's Musical Company(現・D-mc)」に所属。
20歳の頃、SAMさんの踊ってるダンスジャンルがハウスだと知り、愕然とする。
急遽、ストリートダンスに路線変更。座右の銘は「急がば回れ」。
ダンスチームを結成してクラブイベントに出たり、ダンスの仕事をしたりして、24歳の頃にダンスインストラクターとして、ダンススクールやスポーツクラブなどでクラスを持ち、ストリートダンスを教えるようになる。

現在、落語家「三遊亭楽天」として全国各地で落語の口演を行っている。
2012年8月、六代目三遊亭円楽に入門、「楽天」と命名される。
2015年10月、「楽天」のまま二ツ目昇進。



【主な芸歴】
日本ジャズダンス芸術協会『秋の祭典』出演

H.S.ART第二回公演『BLUE』主演

東京ディズニーランド「ミッキーのダンスフィーバー」TVCM出演

テレビ東京系『RAVE2001』5thステージに「YUJI+BANRI+NORI」として出演

鈴鹿8耐前夜祭『RIDE & LIVE』TRFライヴバックダンサー出演

フジテレビ系『SMAP×SMAP』出演

お台場どっと混む!2002『遊城』Dur mollライヴバックダンサー振り付け・出演

テレビ東京系『BEATOPIA』DT CRUSH!出演

劇団東京ミルクホール公演振り付け洋舞担当

自主制作DVD『ストリートダンス ヨクワカルDVDマガジン REAL STREET』企画・振付・出演・ストリートダンス普及委員会委員長・特典小冊子「ストリートダンスがよくわかる本」執筆

SONY 50時間連続再生MP3プレイヤー 50時間連続ダンスキャンペーンダンサー

フジテレビドラマ『トップキャスター』出演

映画『バックダンサーズ!』出演

氣志團『The アイシテル』PV出演

東京ガールズコレクション 2007 AUTUMN/WINTER DJ OZMAライヴバックダンサー出演

他多数



【お問合せ】
nori.school@gmail.com
※文章についてのお問い合わせなど、こちらからお送り下さい。

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