【怪談】銀兵衛先生の怪談。
銀兵衛というのは自ら名乗っているアダ名で、本名は全く違った。
本人曰く、「横浜銀蠅」から取ってつけたそうである。
とても型破りな先生で、退職される日、体育館のステージに上がり、生徒が静まるまでずっと微笑んで立っていて、静かになったら一言、
「じゃあな」
とマイクで言って、体育館の真ん中をスタスタと歩き、途中で女子生徒の一人に愛用の猫のバッヂを渡して去って行った。
とてもカッコいい先生であった。
銀兵衛さんは授業中にたまに怖い話を聞かせてくれた。
その話術は巧みで、マジで怖かった。
あれからもう17年以上の時が経っているというのもあり、細部は忘れてしまっているが、先生が話してくれた怖い話をひとつ、載せてみたいと思う。
銀兵衛さんはその日も大好きな酒を召し上がっていた。
いい心持ちで家路につく。
通い馴れた道、乗り馴れた電車。いつもと同じだった。
銀兵衛さんがふと吊り革に目をやったのは偶然だっただろう。
酔った目でぼんやりと吊り革を眺めていると不思議な事に気付いた。
他の吊り革は電車の揺れに合わせて僅かながらに揺れている。
しかし、三つだけ微動だにしない吊り革があるのだ。
…何だろう?と思ったが、すぐに気にせず視線を外した。目の前の窓を踏切りが横切っていく。
御自宅の最寄りの駅で下りた。
毎日歩いている道を歩く。
…あれ?
なかなか家に辿り着かない。
気付けば同じ場所に戻っていた。
…そんな馬鹿な。
銀兵衛さんは再び歩き始めた。
また、見慣れた場所に戻って来る。
おかしい。
家に向かう。
元の場所。
堂々巡りである。
ふと、先ほどみた三つの吊り革と、踏切りが頭を過ぎった。
…まさかな。
何度目のトライだったか。
銀兵衛さんは家に帰る事が出来た。
疲れていたのですぐに眠りに落ちた。
翌朝。
銀兵衛さんは一階の居間でお茶を煎れ、調べたい資料を取りに二階の書斎に向かった。
僅かな時間だった。
お目当ての本を取って戻って来ると、コタツの上の茶碗が真っ二つに割れており、湯気の立つ茶が天板の上に広がっていた。
銀兵衛さんは猫と暮らしているが、猫は茶碗を真っ二つには出来ないだろう。
何なんだ、一体…。
銀兵衛さんは不思議だと思いながらも、『まぁ、そういう事なんだろう』と納得した。怪異には馴れている。
ふと、新聞の記事に目が吸い付けられた。
そこにはあの踏切りで母子三人が死亡した事故について書かれていた。
「…この話な、聞いた人のところに順番に母子三人の亡霊がやってくるんだ。今夜は誰のところに来るのかな?」
そう言って銀兵衛さんは笑った。

