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ファミコンのはなし

我が家にファミコンがやってきたのは、昭和60年、俺が10歳になる誕生日の事であった。
本体と同時に買ってもらったソフトは、『ドルアーガの塔』(ナムコ)。このゲームをやりたいが為に、ファミコンを買ってもらったと言っても過言ではない。
我が家には「ゲームは一日30分」という謎のルールがあり、これを破るとめちゃくちゃ怒られたのだが、30分ではどんなに上手くてもゲームはクリア出来るものではない。
昨今の携帯ゲームハードならば、サクッとセーブしてちまちま進める事も出来るが、当時のゲームはコンティニューすらついてなかったり、パスワード制(しかも、決まった場所でなければパスワードが見られない)だったりするので、30分では正に何も出来ないのだ。
『ドラゴンクエスト』(エニックス)を遊んでいた頃は、母と
「則光!いつまでゲームやってんの!もう30分過ぎたでしょ!」
「だって、まだ“ふっかつのじゅもん”(パスワード)書いてないよ!」
といったやり取りを何度かしたものだった。
もちろん、この「一日30分」を律儀に守るはずも無く、親が不在の時を見計らってゲームとの甘い蜜月を過ごしたのは言うまでもない。

我が家では姉が幼少の頃、ゲーム&ウオッチで遊んでいたくらいで、ゲーム好きは俺くらいだったのだが、実は父もゲームをたまにやっていたようだ。
仕事で渡米した際に、往復の暇つぶし用にゲーム&ウオッチ版の『ドンキー・コング』(任天堂)を買って遊んでいたり、ポケコンというBASICでプログラムを組める電卓を持っていたりした(プログラム集に掲載されていたゲーム『ガンダムゲーム』を入力して貰って遊んだ事があったが、どこがガンダムなのかさっぱりわからない内容で、速攻で飽きた覚えがある)。
たまに夜、トイレに起きると、父が俺のファミコンを引っ張り出し、『忍者じゃじゃ丸くん』(ジャレコ)で遊んでいた事があったなぁ、そう言えば。

俺は中学を受験したのだが、受験期間中もストレスが溜まると、ゲームで発散しようとして、逆に更に溜めたりもした。
中学に入る辺りでTRPGにハマり、一時テレビゲームから離れるが、昔からゲーム雑誌でその存在を知って以来、ずっと憧れ続けていた『ウィザードリィ』(アスキー)がファミコンに移植されてからは、再びファミコンに噛り付いた。
いまだにファミコン版『ウィザードリィ』は、俺のフェイバリット・ゲームである。
この頃は「ゲームは一日一時間」と延長して貰っていたが、その時間を破りまくった為、ブチ切れた母がファミコン本体を隠すという暴挙に出た。
しかし、ファミコンの外箱にしまって隠してあった為、すぐに見つける事が出来た。
親の不在時に隠し場所からファミコンを出し、散々遊んでから元に戻す、という方法でプレイしていたが、ある日、現場を抑えられ、激怒された。
次に母が執った作戦は、ファミコンのACアダプターを隠す、というものであった。これはファミコン本体に比べて小さい為、なかなか見つからずに難儀したものである。

親との攻防もありつつ遊んでいたファミコンだったが、高校生になると部活にバンドに恋愛に忙しくなり、ファミコンで遊ばなくなっていた。
年下の従兄弟にソフトも本体も全部あげて、俺はスーパーファミコンやゲームボーイに夢中になった。

やがて時は経ち、30歳直前に友人たちと秋葉原に行く機会があった。
自作のガンプラを持ち寄り、友人のウェブサイトに載せるという企画でオタクの聖地にやってきたのだが、俺は友人から聞いた「中古ファミコン屋」の話で頭がいっぱいになってしまった。
ファミコン。その響きは郷愁を伴って、俺を魅了する。

後日、一人で秋葉原に来た俺は、中古ファミコン屋にて愛しの『ウィザードリィ』とファミコン本体を購入。
いまだにファミコンの魅力の呪縛から逃れられないでいる。
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プロフィール

NORIMITSU

Author:NORIMITSU
※当ブログからのテキスト、画像などの無断転載、無断使用を禁じます。


東京生まれ。
幼少の頃、マイケル・ジャクソンの『スリラー』を観て衝撃を受けるが、持ち前の引っ込み思案が災いし、「(ダンスは)自分には無理」と諦める。
小中学校でドップリ「オタクカルチャー」にハマるが、音楽には元々興味があった為、バンドを組もうと思うようになり、ジャンケンで負けてベース担当になる。
中学卒業直後、高校入学直前に先輩たちの自主公演を観劇し感激。演劇部と音楽部(合唱部)に入部する事を固く決意する。
「10年生になったら友達100人出来るかな?」をスローガンに男女問わず声をかけまくる、いわゆる高校デビューを果たす。
バンドは「音楽性の違い」というありがちな理由で解散。ヴォーカリストを目指す。
突っ立ったまま歌うとなると、まるで橋幸夫さんのようなので、ダンスを習う事にする。
trfのSAMさんに憧れていたのだが、ダンススクールや俳優養成所でジャズダンス(某金融ショップのCMでおなじみのジャンル)とバレエを習う。
俳優養成所のダンスの先生の公演出演を通じ、立教大学のダンスサークル「St.Paul's Musical Company(現・D-mc)」に所属。
20歳の頃、SAMさんの踊ってるダンスジャンルがハウスだと知り、愕然とする。
急遽、ストリートダンスに路線変更。座右の銘は「急がば回れ」。
ダンスチームを結成してクラブイベントに出たり、ダンスの仕事をしたりして、24歳の頃にダンスインストラクターとして、ダンススクールやスポーツクラブなどでクラスを持ち、ストリートダンスを教えるようになる。

現在、落語家「三遊亭楽天」として全国各地で落語の口演を行っている。
2012年8月、六代目三遊亭円楽に入門、「楽天」と命名される。
2015年10月、「楽天」のまま二ツ目昇進。



【主な芸歴】
日本ジャズダンス芸術協会『秋の祭典』出演

H.S.ART第二回公演『BLUE』主演

東京ディズニーランド「ミッキーのダンスフィーバー」TVCM出演

テレビ東京系『RAVE2001』5thステージに「YUJI+BANRI+NORI」として出演

鈴鹿8耐前夜祭『RIDE & LIVE』TRFライヴバックダンサー出演

フジテレビ系『SMAP×SMAP』出演

お台場どっと混む!2002『遊城』Dur mollライヴバックダンサー振り付け・出演

テレビ東京系『BEATOPIA』DT CRUSH!出演

劇団東京ミルクホール公演振り付け洋舞担当

自主制作DVD『ストリートダンス ヨクワカルDVDマガジン REAL STREET』企画・振付・出演・ストリートダンス普及委員会委員長・特典小冊子「ストリートダンスがよくわかる本」執筆

SONY 50時間連続再生MP3プレイヤー 50時間連続ダンスキャンペーンダンサー

フジテレビドラマ『トップキャスター』出演

映画『バックダンサーズ!』出演

氣志團『The アイシテル』PV出演

東京ガールズコレクション 2007 AUTUMN/WINTER DJ OZMAライヴバックダンサー出演

他多数



【お問合せ】
nori.school@gmail.com
※文章についてのお問い合わせなど、こちらからお送り下さい。

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